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名古屋地方裁判所 平成4年(ワ)681号 判決 1998年3月27日

原告

水野良吉

被告

太田智子

主文

一  被告は、原告に対し、金一〇三六万九八六八円及びこれに対する平成六年一月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用については、これを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、金四二四六万四三六七円及びこれに対する平成四年一〇月二九日(原告の病院に対する治療費の支払の日)から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。【訴訟物―民法七〇九条に基づく損害賠償請求権及び民法所定の遅延損害金請求権】

第二事案の概要

本件は、信号機のある交差点において、信号待ちのため停車中の原告運転の自動車に、被告運転の自動車が追突し、この事故により受傷し、かつ、後遺障害も発生したとして、原告が、その車の運転者である被告に対して、その人身被害につき、民法七〇九条に基づき損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  事故の発生

原告(昭和六年四月二五日生、事故当時満五九歳)は、次の交通事故に遭遇した(以下、右事故を「本件事故」という。)。

(一) 日時 平成二年九月七日午前九時五〇分ころ

(二) 場所 愛知県瀬戸市川西町一丁目一番地先道路上(以下「本件交差点」という。)。

(三) 被害車両 普通乗用自動車(以下「原告車」という。)

右運転者 原告

(四) 加害車両 普通乗用自動車(以下「被告車」という。)

右運転者 被告

(五) 態様 原告が原告車を運転して本件交差点において赤色信号に従い信号待ちのために停車中に、被告運転の被告車が原告車に追突した。

2  被告の責任原因

本件事故については、被告は、前方注視義務違反の過失により、民法七〇九条に基づき原告が受けた損害を賠償すべき義務がある。

3  原告の本件事故による受傷及びその治療

原告は、本件事故により、「中心性頚髄損傷、腰部挫傷」の損害を受け、次のとおり公立陶生病院に入、通院してその治療を受けた。

<1> 入院

平成二年九月七日から平成三年三月九日まで(一八四日)

<2> 通院

平成三年三月一二日から平成三年一二月三日まで

4  損害の一部填補(損益相殺)

原告は、本件事故による損害の一部填補として、これまでに被告から自賠責保険金及び仮処分による仮払金等の合計金六九九万八七二八円の支払を受けた。

二  原告の主張

1  本件事故による受傷及びその治療

原告は、本件事故により、中心性頚髄損傷、外傷性頚部脊髄症、腰部挫傷等の傷害(以下「本件傷害」という。)を受け、その治療のために、前記の争いのない事実のほかに、次のとおりの入、通院をしてその治療を受けた。

(一) 入院

<1> 公立陶生病院

平成三年一二月三日から平成四年四月一八日まで

<2> 名鉄病院下呂分院

平成四年四月二一日から平成四年七月二六日まで

<3> 名鉄病院

平成四年七月二七日から平成四年一〇月四日まで

(二) 通院(名鉄病院)

平成四年一〇月五日から平成五年一一月一八日まで

2  本件事故による後遺障害

原告は、本件事故による後遺症として、平成三年一二月三日に症状固定により、中心性頚髄損傷、眩暈症、言語障害、四肢麻痺等の頑固な神経症状が残った。(以下「本件後遺障害」という。)

そして、本件後遺障害は、少なくとも自動車損害賠償保障法施行令第二条別表の第五級に該当する。

3  原告の損害について

(一) 本件後遺障害による逸失利益 金二八四六万四七一七円

平成二年の賃金センサス 五九歳の年額 金五四六万八四〇〇円

労働能力喪失率 七九パーセント

八年間右の労働能力を喪失し、その新ホフマン係数六・五八九

<計算式>

五四六万八四〇〇円×〇・七九×六・五八九=二八四六万四七一七円

(二) 治療費 金二四四万五一二五円

(三) 歩行補助具作成費 金二万二四一三円

(四) 交通費及び病院での駐車代 金三万〇八四〇円

(五) 慰謝料

<1> 後遺症慰謝料 金一四五〇万円

<2> 入、通院慰謝料 金四〇〇万円

三  被告の反論

1  本件後遺障害は認められない。

(一) 脳萎縮、言語障害と本件事故との因果関係

本件事故直後のCT撮影で既に軽度ではあるが、脳萎縮は認められ、これが本件事故で起こったとは考えられない。既に原告の脳には基礎疾患として本件事故前より脳萎縮が始まっており、これが進行したものであり、変性疾患であろうが血管性病変であろうが、脳萎縮、言語障害ともに、本件事故とは無関係ととらえるべきものである。

(二) 公立陶生病院再入院(平成三年一二月三日)の理由、本件事故との因果関係

平成三年一二月初旬より嘔気とともに頚部痛、しびれ、筋力低下が憎悪したものであるが、内科紹介時には既に嘔気は消失しており、再入院の理由としては神経症状の悪化とそれに対するリハビリ目的であったと考えられる。本件事故の当初は、症状が軽度であったものが次第に憎悪し、その後治療により改善に向かい退院した。通院時には一本杖で歩行可能であったものが、本件事故後一年三か月も経過して急に憎悪することは一般的に考えにくく、その当時転倒等のなんらかの他の外傷が加わったか、脳萎縮の症状が強く表面化してきたものとみられる。いずれにしても、本件事故との因果関係はない。

(三) 原告の主張する本件後遺障害については、原告の主張する症状はもっぱら脳萎縮を原因とするものであり、たまたま本件事故の前後から非外傷性に進行したものと推認される。したがって、原告が後遺症として主張する症状は、本件事故とは関係がない。

2  原告の収入について

平均賃金相当額をもって損害と推定しうるのは、事故前において、少なくともその程度の収入を得ていたであろうと推認しうる証拠があるか、あるいは、将来平均賃金程度の収入が得られる蓋然性が証明された場合である。

本件の原告の場合には、右の場合に該当せず、公平の観念に照らしても、せいぜい平均賃金の三分の二程度の額を基準とするのが合理的である。

四  本件の争点

被告は、原告の本件傷害の程度及び本件後遺障害の有無、程度とその損害の発生の有無並びに原告主張の各損害額をそれぞれ争った。

第三争点に対する判断

(なお、以下において使用する書証の成立については、甲第一〇ないし甲第一三号証、甲第一五号証、甲第一六号証、甲第一九号証、甲第二一号証、甲第二三号証、甲第二四号証の一ないし五三及び、甲第一九六号証については、弁論の全趣旨によっていずれも真正に成立したものと認められ、その余の各書証については、その成立につきいずれも当事者間に争いがない<写しについては、原本の存在とその成立ともに。また、レントゲン及びMRI等の写真については、いずれも原告主張のとおりのものであることについて。>)

一  原告の本件傷害及びその治療について

前記の争いのない事実に加えて、甲第二ないし甲第七号証、甲第九号証、甲第二二号証、甲第三二ないし甲第三四号証、甲第一八二号証、甲第一八三号証、甲第一八四号証の一ないし六、甲第一八五号証の一ないし一二、甲第一八六号証の一ないし一五、甲第一八七号証の一ないし六、甲第一八八号証の一ないし八、甲第一八九号証の一ないし三、甲第一九〇号証の一ないし八、甲第一九一号証の一、二、甲第一九二号証の一ないし三、甲第一九三号証の一ないし一四、甲第一九四号証、乙第一号証の一ないし四、乙第二号証の一ないし四、乙第三号証の一ないし四、乙第四号証の一、二及び乙第五号証の一、二、証人能登憲二の証言及び証人佐野公俊の証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。

(一)  原告は、本件事故により中心性頚髄損傷、腰部挫傷の本件傷害を受けたこと(なお、「外傷性頚部脊髄症」は、原告の本件傷害の一つの症状であること。)、

(二)  そして、原告は、本件傷害の治療のために、次のとおり医療機関に入、通院してその治療を受けたこと、

(1) 入院

<1> 公立陶生病院

ⅰ 平成二年九月七日から平成三年三月九日まで(一八四日)

ⅱ 平成三年一二月三日から平成四年四月一八日まで(一三七日)

<2> 名鉄病院下呂分院

平成四年四月二一日から平成四年七月二六日まで(九七日)

<3> 名鉄病院

平成四年七月二七日から平成四年一〇月四日まで(七〇日)

(2) 通院

<1> 公立陶生病院

平成三年三月一二日から平成三年一二月三日まで(実日数一三四日)

<2> 名鉄病院

平成四年一〇月五日から平成五年一一月一八日まで

二  原告の本件後遺障害について

前掲の各証拠に加えて、本件鑑定嘱託の結果(鑑定人高橋立夫作成の鑑定書)並びに弁論の全趣旨に基づいて、原告の本件後遺障害について検討するに、右の各証拠によれば、

(一)  原告は、本件事故による本件後遺障害として、具体的には、「中心性頚髄損傷、外傷性頚部脊髄症、眩暈症、言語障害、四肢麻痺、四肢筋力低下、右側表在覚低下、両側深部覚低下、軽度排尿障害、運動性失語症」の神経症状が残ったこと(以下これらを「本件後遺障害」という。)

そして、その症状は、遅くとも平成五年一二月末日までには固定したものと認められること、

(二)  原告の本件後遺障害については、一応は本件事故を原因とするものである、すなわち、本件事故と相当因果関係のあるものと推認されること、

(三)  そして、原告の本件後遺障害については、前記のとおり多くの症状が残存するが、そのうちの「眩暈症、言語障害、四肢麻痺」の症状は、いわゆる自動車損害賠償保障法施行令第二条別表後遺障害別等級表の第六級二号「咀嚼又は言語の機能に著しい障害を残すもの」に該当し、その余の症状については、同表の第九級一〇号「神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当程度に制限されるもの」に該当し、両者は、結局のところ、いわゆる併合の処理(自賠法では、同表の第一三級以上に該当する身体障害が二以上あるときは、重い方の身体障害の等級を一級繰り上げること。)により、原告の本件後遺障害は同表の第五級に該当するものと認めるのが相当であること、

(四)  しかしながら、原告の本件後遺障害については、

(1) 本件後遺障害の症状のうち、その中心をなしている言語障害の症状については、本件事故直後からみられたのではなく、平成二年一二月中旬ころから、軽く、かつ、徐々に出てきたものであること、

(2) 本件後遺障害の症状のうち、「眩暈症、言語障害、四肢麻痺」等の症状は、外傷による症状というよりも、「変行進行性疾患」(外傷とは関係のない緩徐進行性の変性疾患)による可能性が高いこと、あるいは、少なくともその原因が外傷にのみ基づくものとの断定はできないこと

の各事実が認められる。

三  原告の本件後遺障害についての本件事故との相当因果関係について

前記一、二での認定事実、前掲の各証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件事故による原告の本件後遺障害については、原告には、既に本件事故前から、頸部等に変形性、進行性疾患という体質的素因が存在しており、原告の前記の各症状は、右の素因に本件事故が誘因となってその症状が発症、増悪した結果であると認めるのが相当である。

そして、原告の右体質的素因については、本件事故による外力等の作用を待つまでもなく、日常生活で経験する程度の出来事を契機として発症、増悪する相当の蓋然性があったものと推認することができる。

したがって、以上の事情に照らせば、本件事故による原告の逸失利益やこれに対応する慰謝料等の損害について、これを全額被告に負担させるのは公平とは言いがたいから、本件体質的素因の内容、程度、本件事故の程度等を考慮して、その相当因果関係不明の心証の程度に応じて、それらの損害の五割を減額することとする(民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用。)。

四  損害額について

1  本件後遺障害による逸失利益について

(請求額金二八四六万四七一七円)

認容額 金一七九三万八八一四円

前記の争いのない事実及び前記一ないし三の各認定事実、前掲の各証拠及び証拠(甲第八号証、甲第一〇ないし甲第二一号証、甲第二三号証、甲第二四号証の一ないし五三、甲第一九六号証)並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時は訴外共進地販株式会社に勤務して不動産の仲介・売買等の業務に従事していたこと、その時点での原告の右勤務による実収入としては、後記認定のいわゆる平均賃金を相当程度下回るものであったこと、原告の本件後遺障害は、平成五年一二月末日にその症状が固定し、原告は、右の症状固定当時満六二歳であったから、本件後遺障害により、その後九年間にわたり、前記三の認定事実のとおり、その労働能力の一〇〇分の七九相当を喪失したものと認められるから、その間に原告が得ることができたものと推認しうる年収額は、平成二年度賃金センサス第一巻、第一表、産業計、企業規模計、男子労働者学歴計の六〇歳~六四歳の平均賃金を基準として、最大でもその約八割程度の金三一二万円とするのが合理的であるというべきであり、年五分の割合による中間利息の控除は新ホフマン係数(七・二七八)によるのが相当である。したがって、次の計算式のとおり、原告の本件後遺障害による逸失利益は、金一七九三万八八一四円(円未満切り捨て、以下同じ。)となる。

《計算式》

金三一二万円×〇・七九×七・二七八=一七九三万八八一四円

2  治療費について(請求額金二四四万五一二五円)

認容額 金二四四万五一二五円

前記の争いのない事実及び前記一ないし三の各認定事実、前掲の各証拠及び証拠(甲第三五ないし甲第一六四号証、甲第一六五ないし甲第一七四号証の各一、二、甲第一七七ないし甲第一八〇号証)並びに弁論の全趣旨によれば、本件事故と相当因果関係のある原告の治療費は、合計金二四四万五一二五円をもって相当であると認められる。

3  歩行補助具作成費について(請求額金二万二四一三円)

認容額 金二万二四一三円

前記の争いのない事実及び前記一ないし三の各認定事実、前掲の各証拠及び証拠(甲第一七五号証の一、二、甲第一七六号証)並びに弁論の全趣旨によれば、本件事故と相当因果関係のある原告の歩行補助具作成費は、金二万二四一三円をもって相当であると認められる。

4  交通費及び病院での駐車代について

(請求額金三万〇八四〇円)

認容額 金三万〇八四〇円

前記の争いのない事実及び前記一ないし三の各認定事実、前掲の各証拠及び証拠並びに弁論の全趣旨によれば、本件事故と相当因果関係のある原告の交通費及び病院での駐車代は、合計金三万〇八四〇円をもって相当であると認められる。

5  慰謝料について

(一) 入、通院慰謝料について(請求額金四〇〇万円)

認容額 金二八〇万円

弁論の全趣旨によれば、本件事故の態様、本件傷害の程度及び本件入、通院期間等を総合すれば、原告の本件傷害(入、通院)慰謝料としては、金二八〇万円が相当である。

(二) 後遺症慰謝料について(請求額金一四五〇万円)

認容額 金一一五〇万円

弁論の全趣旨によれば、本件事故の態様、本件後遺障害の程度及び原告本人の生活状況等を総合すれば、原告の事件後遺障害による慰謝料としては、金一一五〇万円が相当である。

五  具体的損害額について

そうすると、前記四で認定のとおり、本件で原告が被告に対して請求しうる損害賠償の総損害額は合計金三四七三万七一九二円となるところ、前記三で認定判断のとおりの過失相殺の類推適用による減額をすれば、原告の具体的な損害賠償請求権は金一七三六万八五九六円になり、原告は、損害の一部填補として、自動車損害賠償責任保険金及び仮処分による仮払金等合計金六九九万八七二八円の支払を受けた(争いのない事実の4)ので、これを損益相殺すると、被告が原告に賠償すべき賠償額は、金一〇三六万九八六八円となる。

六  結論

以上によれば、原告の被告に対する本訴請求は、損害賠償金一〇三六万九八六八円及びこれに対する原告が本件後遺障害の存在を知った日であることが明らかである平成六年一月一日から(したがって、原告の平成四年一〇月二九日からの遅延損害金請求はその理由がない。)支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容する。

(裁判官 安間雅夫)

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